企業がビジネスを展開する中で、訴訟に直面することは避けられない現実である。特に企業規模が大きくなり、関わる従業員や取引先が増えるにつれて、そのリスクは確実に高まる。企業は自社の利益を守るために他社や個人、公的機関を訴えることもあれば、逆に訴えられることもあり、どちらのケースにおいても、訴訟は金銭、時間、そして労力を大きく消耗するものである。さらに、訴訟記録は公に残り、企業の名誉やブランドイメージに少なからぬ影響を与えることになる。企業としては、訴訟に至らないように予防策を講じてリスク管理することが重要である。

 中国では、訴訟案件に関する公式記録である「裁判文書」が、最高人民法院(最高裁)が運営する「中国裁判文書網」というウェブサイトで公開されている。「裁判文書」には、刑事・民事・行政の判決書と裁定書、支払命令などが含まれるが、2024年7月10日現在、「中国裁判文書網」で公開されている約1.5億件の文書の大半(約9,000万件)が民事訴訟に関する文書となっている。

 今回の記事では、上述した「裁判文書」を中国日系企業と紐づけ、中国における日系企業の裁判文書件数ランキングを作成した。その結果、中国に進出している日系企業全体の23.4%に相当する6,544社に裁判文書の記録があることが判明した。

 まず、現地法人の業種別に裁判文書件数を集計し、上位10業種のランキングを紹介する。

表1 中国日系企業の業種別裁判文書件数ランキング 1位~10位

 表1に示されている通り、1位となった業種は「貨幣金融サービス業」(34,661件)であり、汎用設備製造業(9,737件)、卸売業(9,005件)が続いている。

 上位3業種について件数が多い日系企業を詳しく紹介する。

 貨幣金融サービス業は、他の業種と比較して圧倒的に多くの件数が報告されている。金融業は取引額が大きく、顧客との契約内容も複雑であるため、ローンの滞納や契約違反などの問題が発生しやすく、金融機関が債務回収のために訴訟を起こすケースが頻発している。斯業種において裁判文書件数が多い日系企業は以下の通りである。

表2 中国日系企業(貨幣金融サービス業)の裁判文書件数ランキング 1位~3位

 表2に示したように、1位は「日産自動車」の現地法人である「東風日産汽車金融有限公司」(19,563件)、2位は「トヨタ自動車」の現地法人「豊田汽車金融(中国)有限公司」(13,735件)となった。上記2社は、自動車金融事業を展開しており、裁判文書の8割以上は自動車ローンの未払いで債務者を起訴する案件である。自動車ローンでは自動車が動産抵当に入っており、ローンの未払いが発生した際に、抵当権を実行するために起訴をしている。これが、上位2社の裁判文書件数が多い原因と考えられる。中国銀行業協会が公開したデータによると、2023年末時点で、自動車金融業界の不良債権率は0.58%であり、商業銀行の不良債権率1.59%と比較して低くなっており、抵当権の実行が債権の回収率を向上させていることがうかがえる。3位は「三井住友ファイナンス&リース」の現地法人「三井住友融資租賃(中国)有限公司」(9,625件)であり、裁判文書の約5割はリース料の未払いで債務者を起訴している案件である。

 また、汎用設備製造業では、高額な設備投資や工事に関する残金の未払いが要因となっているケースが多く、卸売業でも高額な設備の取引に関する残金の未払いが多発している。

表3 中国日系企業(汎用設備製造業)の裁判文書件数ランキング 1位~3位

 表3に示したように、「日立製作所」の現地法人である「日立電梯(中国)有限公司」(5,232件)と「永大電梯設備(中国)有限公司」(2,874件)であわせて8,106件の裁判文書があり、同業他社と比較して明らかに件数が多く、1位となっている。2位は「東芝エレベータ」の現地法人「東芝電梯(中国)有限公司」(698件)である。エレベータ・エスカレータは工事代金が高いため、分割で支払いをする場合が多いが、2社の裁判文書では、全額未払いの債務者を起訴しているケースが7割以上である。3位は「カツシロマテックス」の現地法人「青島勝代機械有限公司」であり、裁判文書の7割以上が労働争議関連となっている。

表4 中国日系企業(卸売業)の裁判文書件数ランキング 1位~3位

 表4では、卸売業における裁判文書件数が多い上位3社を示している。1位は「日立製作所」の現地法人で、エレベータ・エスカレータの卸売を行う「上海永大電梯安装維修有限公司」(962件)である。2位は「富士フイルムビジネスイノベーション」の現地法人「富士膠片実業発展(上海)有限公司」(903件)であり、7割以上はサービス料金の未払いで起訴している案件である。3位は「神戸製鋼所」の現地法人「四川成都成工工程機械股份有限公司」(345件)、「四川成工機電設備有限公司」(337件)であり、7割以上は大型設備の賃貸料や売買代金の未払いで起訴している案件である。

 今回の調査では、中国に進出している日系企業の裁判文書件数を業種別のランキング形式で紹介した。これらのランキングから、企業の規模や事業内容、取引形態などの要素が訴訟件数に影響を与えることが分かる。日系企業が中国市場で直面するリスクは、業種ごとの特性や取引形態によるもので、金融サービス業や高額な設備・工事関連業種は、債権回収におけるリスクが特に高い。日系企業が中国市場で成功するためには、各業種の特性に応じたリスク管理と法的対応が不可欠であり、特に金融業や高額な設備・工事関連業種においては債権回収リスクが高いことを認識し、事前に対策を講じることが重要である。

[実施概要]

・調査名称 :中国に進出した日系企業の訴訟件数ランキング
・調査方法 : 中国における日系企業の法人登記情報と裁判文書情報に基づく
・調査対象データ更新時期 : 2023年3月時点で開示されていた法人登記情報と2024年6月時点で開示されていた裁判文書情報
・調査対象企業 : 中国全土で登記されている日本企業出資の中国企業及びその傘下企業
・調査対象企業数 : 27,968社

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※「中国日系企業データベース」とは、利墨が独自に収集した、中国全土で登記されている日本企業が出資している中国企業及びその傘下企業と日本の親会社情報を紐づけたデータベースのことを指す。

※ 調査に利用している中国法人登記情報は、2023年3月時点で開示されている情報であるため、企業の申告状況などにより最新の情報と異なる場合があります。

[参考資料]

表5 中国日系企業の訴訟件数ランキング 11位~30位